自分と自由を求めた旅の日記
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プロフィール
HN:
tantas7
年齢:
47
HP:
性別:
男性
誕生日:
1978/11/07
職業:
国営公園スタッフ
趣味:
旅、カメラ、バイク、クライミング
自己紹介:
20台最後の年に
今まで背負ってきた 色んな役割を脱ぎ捨てて 自分と自由を求めてゼロから 歩きだすことにしました。 心のままに、自分にウソをつかず 目の前にあるものをまっすぐに 見つめながら生きていこうと 思っています。
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「ドラマで泣いて、人生充実するのか、おまえ。」(バジリコ社) という本を買った。 またランディさんのブログで見つけたもの。 でも、もしブログで紹介されてなくても買ったと思う。 タイトルのセンスが絶妙だと思った。 この作品は108の詩集。 お気に入りのものを挙げてみる。 誰にも言えないものがあるとしたら、 それはむしろあなたの宝物として扱え。 自分の居場所とは、自分が帰れる場所である。 プレゼントが嬉しいのは、 会っていない時に自分を意識してくれたことが嬉しいのだ。 1年に1度くらいはちゃぶだいをひっくり返せ! 助けたくても助けてあげられない、 ということをお互いの中に確かめ合うことが、 本当の信頼関係である。 コミュニケーションに絶望した人だけが、 コミュニケーションを渇望する。 渡すべきは心であって言葉ではない。 言葉は心の包装紙。 包装紙だけもらって喜ぶ人はいない。 楽しい生き方とは、 楽しいことをして暮らすことではない。 楽しくないことはしない、という生き方である。 私たちは「起きたこと」を何も知らない。 誰かが「知らせたいこと」だけを知ることができる。 たった一人で語れる言葉を持て。 他にもたくさん心に響く言葉があった。 自分の想いを誰かに伝えることは本当に難しい。 みんなが使うありふれた言葉を使って、 相手の望む言葉を用意して、 自分の中にある漠然とした想いは無視して生きていく。 そんな風に生きていけたら こんなに悩まないんだろうな、と思う。 だけど、僕はやっぱり僕の言葉で伝えようと思うし、 矛盾してる想いも言葉にならない漠然とした想いも抱えながら 生きていくんだと思う。 きっと僕はコミュニケーションに絶望している。 僕の考えてることなんてたいていの人にはわからないんだと思ってる。 そのせいで誤解されても非難されても仕方ないとも思ってる。 だけどやっぱりわかってほしいと思うし、 僕はコミュニケーションを渇望しているんだと思う。 PR 2008/03/22(Sat) 18:19:24
昨日ガラパゴス諸島の特集をやってた。
生物の《進化》のすばらしさに純粋に感動した。 「あぁ、こいつらって本気で生きてるんだな~」って。 でも、逆に考えると"生きる"ことしか考えてないんだな、とも思う。 エサを食べることと子孫を残すこと。 ただ、それだけ。 そして、ひたすらそれに必死になる。 そのひたむきさというかまっすぐさに目から鱗が落ちる思いだった。 地球温暖化や森林伐採などの影響でエサが無くなってかわいそうとか 種が絶滅しそうだからなんとかしてあげないととか 人間は動物たちに対して色んな妄想を描く。 でも当の動物たちはそんなことほとんどお構いなしなんだと思う。 環境が変わったならそれに合わせてなんとか生きていく。 もし仮に対応しきれず絶滅してしまうならそれも仕方ないくらいに 思ってるんじゃないだろうか。 自分たちの種がいなくなることに対して何も感慨を持たないと思う。 僕たちの住む星ってそういう風にして《進化》と《絶滅》を繰り返しながら 成り立ってきたはずだ。 《種の保存》という言葉がよく使われる。 僕たちが環境を守ろうとするのもごみ問題や地球温暖化に頭を痛めるのも ヒトという種を残そうとするからで、 まだ見たことも無い子孫が生きていける環境を保つためだ。 そのことに対して今まで大した疑問を持っていなかったけど、 ガラパゴスの風景を見てひとつの疑問が浮かんできた。 奴らが考えてるのは《種の保存》ではなく、 あくまで《個》の保存なんじゃないだろうか。 つまりイグアナはイグアナという種が残ることじゃなくて、 目の前にいる自分の子が生き残ることだけを考えているんじゃないか、ってこと。 結果的にそれが《種》の保存につながる。 ヒトは生物界のピラミッドの頂点に立っているみたいに言われるけど、 1対1で向き合った時、生物的にはクマもライオンもヒトなんか怖がらない。 サメだってトラだってタカだってそう。 タヌキもキツネもシカですら恐れてないかも知れない。 人間なんてスズメバチ1匹にすら殺される存在だ。 自分たちで壊してきた環境を元に戻そうとするのも、 これ以上環境を壊さないようにするのももちろん必要なことなんだけど、 それを「動物たちの為」になんて言っているなら それはものずごいエゴな気がする。 奴らは環境の変化をいちいち人間のせいになんかしないだろうし、 変わった環境の中で生きていく方法を探すんだろう。 でも、科学に頼りきった人間は果たしてその変化についていけるんだろうか? 2008/03/18(Tue) 19:42:22
行きつけの美容院のお姉さんに薦められて、
「ガキの使いやあらへんで」にはまってます。 なぜこんなに面白いものに今まではまらなへんだろうって感じ(笑) 「笑ってはいけない~」とかもうありえへん。 夜中に2時間笑いっぱなし。 トーク集もひどい。 笑いすぎて体調壊しそうやった(笑) タカアンドトシも借りててそこそこ面白かったけど、 ガキ見た後やと内容一切覚えてへんかった。 ダウンタウン見てるとやっぱり松ちゃんの方が共感を持てる。 B型やし寂しがりやし仕事(笑い)に関してはすごいストイックやし。 自伝も読んだけどおもしろかった。 家が貧乏でそれに対するコンプレックスがあったり、 若いころは意外に?色んなことに不安を感じてたり。 なんかきっとそういうところわかってほしいのに、 でも自分からアピールできひんししたくないんやろな~っていう所が リアルに共感を持てた。 M-1とかレッドカーペットとかも確かに面白いんやけど、 あれはあくまで"ネタ"があるからね。 フリートークになるとぜんぜんおもろない芸人も多い。 (こじまよしおは意外にフリーでもおもろいけど・笑) フリートークであそこまでおもしろいのって ほんまに"おもろい人"なんやと思う。 ガキも一巡してきたし、次は「すべらない話」でも借りてこようかな~。 2008/03/18(Tue) 19:11:55
北海道庁主催の「人で変える、人で変わる」という
シンポジウムに行ってきた。 退職後初めてと言っていいほどのイベント参加。 今月初めて地下鉄に乗りました(笑) 内容は、地域を活性化をして観光産業を盛り上げる為に、 どうやって人材を育てていけばいいか、というもの。 9割以上がスーツのサラリーマンの中一人 ひげ面ワークパンツで参加してきました。 「自分の街を誇りに思ってほしい」 「汗をかいた奴が一番」 「人材は育てるんじゃなくて発掘する」 「行政に批判的な人がいい」 「じたばたしないと見えてこないことがある」 「大事なのは思い込みと情熱」 「自分たちが面白がってやる」 「イベントをやるには理念が必要」 久しぶりに生で熱い人を見たな~って感じ。 参加してたのは、小樽で「雪ありの道」を企画したりして 30年近く小樽活性に取り組んできた60歳の蕎麦屋のおっさんと、 北海道で地域活性事業にがんばってる人たちとその取り組みを WEB化して紹介してる元リクルートの社長と、 観光地以外の北海道の魅力を取り上げて フリーペーパーを作っている女性編集長。 三人が口を揃えていっていたのは「想い」の重要性。 今回の趣旨は今年から行われる人材育成セミナーの紹介だった。 「人材育成」というと「スキル」や「マナー」ばかりが取り上げられがちだけど、 彼らが言っていたように《根》の無い人は どれだけキレイな言葉を並べても伝わらないと思う。 逆に、熱い想いを持っている人は多少言葉不足で伝わると思うし、 その人の持っている想いは誰かに教えてもらうものじゃなくて オリジナルなものだ。 純粋に面白そうだな~と思った。 それぞれの地域ごとに絶対いいところはある。 それをみんなで探して、アピールする。 その中でみんなが自分の住んでる街のことを知り好きになっていく。 外から来ると北海道っていいところいっぱいあるのに、 住んでる人はほとんど気づいてない。 (まぁ、京都も同じかも知れんけど・苦笑) 自分たちの土地を誇りに思って、 愛することができるのってかっこいいと思う。 でも、じゃあ今すぐ飛び込むかって言うと何かが違うな、って思った。 まだ"何者"かになるには早い気がした。 もっと色んなものを見たいし、色んなところに行きたいし、色んな人に出会いたい。 きっと北海道一筋にはなれない。 その状態で地域活性に関わるのってすごく失礼な気がする。 僕はまだ組織に縛られず、肩書きを背負わず生きていこうとは思ってるし、 今日会った人たちが本気だと思うから余計にそう感じたんだと思う。 だからと言ってせっかく興味を持ったのに 何もしないのももったいない、とも思う。 春が近づいてきて少しずつフットワークが軽くなってきた。 直感を信じて心のままに気になったものに手を出していこうと思う。 2008/03/18(Tue) 18:51:13
今読んでる田口ランディさんの対談集の中で
「みずから」と「おのずから」という話が出てきた。 今回の対談集は相手が学者さんばかりなので 読んでても半分くらいしか言ってる意味がわからない(笑) 「みずから」と「おのずから」の話も読んでる最中は ?マークがいっぱいついてた。 今日昼間買い物してブラブラ帰ってる時ふと思った。 「自分から」 「自然に」 きっとそういうことなんだろうな、って。 同じ「自」っていう字を使ってるけど微妙にニュアンスは違う。 「自分から」だと主体的な感じを受けるけど、 「自然に」だと受動的な感じがする。 自分の意思もあるんだけど、そこに自然と向かうようなタイミングを待つ。 今僕が求めてるものってその間にある感覚なんだろうなって思った。 今日も陽射しが暖かくてとても気持ちよかった。 春が来て雪が解けた時、僕はどこで何をしてるんだろう。 2008/03/16(Sun) 19:06:17
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