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自分と自由を求めた旅の日記
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プロフィール
HN:
tantas7
年齢:
47
HP:
性別:
男性
誕生日:
1978/11/07
職業:
国営公園スタッフ
趣味:
旅、カメラ、バイク、クライミング
自己紹介:
20台最後の年に
今まで背負ってきた
色んな役割を脱ぎ捨てて
自分と自由を求めてゼロから
歩きだすことにしました。
心のままに、自分にウソをつかず
目の前にあるものをまっすぐに
見つめながら生きていこうと
思っています。
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2026/04/27(Mon) 09:04:47
持っている刀を見せびらかすのではなく、
刀の切れ味を疑いながら進むのでもなく、
「その気になればいつでも抜けるんだ」と信じて
刀を差していることが大事なんだ。

約6年の間に積み重ねた経験や感性は無駄じゃない。
卑下するわけでもなく、
虚勢を張るわけでもなく、
手に入れた刀を腰から下げてまっすぐ歩いていこう。

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2008/03/11(Tue) 20:26:06
d576cbc6jpeg『そこにあることをあるがままに捉えること
そこにある現実から目をさらさずに受け入れること
人の心の奥に確かに存在する「欲」や「コンプレックス」を否定しないこと
僕のテーマはそんな「Simple」なところに存在する』

僕のHPのトップに掲げたコトバ。
世の中で《違法》や《タブー》とされるもの。
でも、確実に存在するもの。
ずっとそういうものに興味があった。
そのすべてを肯定するつもりは無い。
でも、そこに存在すること自体を否定するつもりも無い。

人の中にある《欲》がどこまで深くてどこまで醜くてどこまで純粋なのか。
自分の中にある《欲》に気づいた時、人はどこまで解放されるものなのか。
きっとリョウが追い求めたものはそういったことなんだと思う。
損得とか利益とかそういう現実的なものじゃなくて、
そこにあるのはただ「知りたい」という純粋な欲求。

「それでも今この瞬間に、誰もが自分だけの欲望を求めている」

人にはそれぞれ求めるカタチがある。
たとえそれがありふれたものだったとしても。
自分の中に眠る欲を追い求めるのも無視し続けるのも自由だ。
もちろんそれが他人を傷つけるものであってはいけない。
でも、それが自分らしさを取り戻すためのものであれば
僕はそれがどんなものであっても肯定できる人でありたいと思う。
2008/03/09(Sun) 19:10:57
仕事を辞めて2ヶ月以上が過ぎた。
街中に出るのは週に1回もないくらい。
ほとんどの時間を家で本を読むか近所での買い物に費やしている。
でも、すべてを自分で選び自分で決めている。
仕事をしてた時はわざわざ選んだり決めたりしなくても
「やらなきゃいけないこと」に追われ、時間は過ぎていった。
でも、自分の足で走っているのかベルトコンベアーに乗っているのか
わからない時があった。
だから、今の時間が無駄だとは思わないし、
その中でたくさんの発見がある。

でも、やっぱりふとした瞬間に
「仕事もしない奴はダメだ」っていう誰かの声が聞こえてくることがある。
減っていく一方の貯金が僕を焦らせる。

そんな時はいつも大きく深呼吸をする。
胸いっぱいに空気を吸い込んでゆっくりゆっくり吐き出す。

「誰かと同じじゃない自分の人生を生きる」

どんなに激しい雨が降ろうとも、
どんなに激しい風に煽られても、
自分で選んだ道だからまっすぐ歩いていこうと思う。

2008/03/09(Sun) 12:14:20
白老にあるアイヌ博物館に行って来た。
いつからか、理由もよくわからなかったけど
ずっと"アイヌ"を意識してきた気がする。

"チセ"と呼ばれる小さな小屋の中で
トークと伝統舞踏が行われた。
ちょうど韓国からのツアー客が来ていて
小屋の中は立ち見がでるくらいいっぱいだった。

「日本の皆さん」
アイヌ伝統の衣装を着た男性が発した一言は
僕に大きな違和感を与えた。
日本、韓国、そしてアイヌ。
見た目はほとんど変わらないのに、
この狭い空間の中には3つの文化が集まっていることを思い知らされた。
そして、同じ空間にいるのにアイヌのことも韓国のことも何も知らず、
会話をすることすらできない現実に愕然とした。

今はアイヌの人も日本の文化の中で、
「日本人」として暮らしている。
でも、元々アイヌはアイヌであり独自の文化・風習の中で暮らしていた。
それがここ数百年のうちに日本に取り込まれ
《日本人》として生きることを強要されてきた。
今まで日本は単一民族だと思ってきたけど、
実はそうじゃない。
そんなことも知らずに生きてきたことがショックだった。

アイヌの文化の中では、火や水、動物や植物、雷や風など
人間の周りにあるものすべてには神(カムイ)がいると考えられている。
人間と神は常に隣り合わせに存在するもので、
自然界にあるものにはすべて尊敬と畏怖を持って接するもの。
人間(アイヌ)はすべて神(カムイ)によって生かされている。
そして神もまた人間とともに生きている。

狩猟民族であった彼らが目指したものは《共存》
それは自然との共存だけでなく、人間同士の共存も指す。
必要なものを必要なだけ取る。
自分達だけが生き残ることを目指すのではなく、
他の部族も生きていけるようにする。

先日六ヶ所村の話を知ったせいか、
今の日本の生活とのギャップがとてもリアルだった。
動物も植物も自分の支配下にあるように扱い、
不必要なほどの食料やエネルギーを抱え、
人間同士で様々なものを奪い合う。
物があること、生きていることが当たり前な生活。
感謝の気持ちもそこに込められた意味も忘れてしまった日々。
彼らの文化を"過去の遺産"として片付けるにはあまりにも重い。

札幌、登別、千歳、稚内、知床・・・。
北海道にある地名の多くはアイヌ語だという。
千歳にあるアウトレット「レラ」はアイヌ語の「風」。
実は深いところで日本とアイヌは繋がっている。
でも、僕たちはほとんどそのことを知らない。
一つの社会・文化の中だけにいると見えないことがたくさんある。
環境問題や貧困問題など大きな問題に関わることも大事かも知れないけど、
目の前にある異文化について知ることから始めてみよう。
2008/03/08(Sat) 15:40:10
「慣例」
繰り返し行われて習慣のようになった事柄。しきたり。

最近政治の世界や相撲の世界でよく聞く言葉。
要は
「明確に決まってるわけじゃないけど今までやってきたやり方」
であり
「その世界で生きていく為には当たり前に守らないといけないルール」
であり
「わざわざ教えなくても知ってるもの」
だ。

なんか日本的だなと思う。
上から目線と言うか無責任と言うか・・。
他の人がどう思うのかはわからないけど、
そんなものを理由に何か意見をされてもまったく納得感が無い。

「KY」という言葉が流行っていて、
知識のあるおじさんたちまでが汚染されている。
人に不快な思いをさせないことは大事だけど、
だからと言って自分の主張をすべて抑える必要は無いと思う。
自分のプライドを守る為にはその場の空気をぶち壊してでも
主張すべき場面があってもいい。

最近爆笑問題の番組をよく見る。
「俺はさぁ」で始まる太田の若干キレ気味のトークが心地いい。
日本人って「俺はこう思う」って胸を張って言ってる人は少ない。
多くの人が
「こういう場面はこう言っとくべき」とか
「この件についてはこう言わないといけない」
ってことばかりを気にしてる。
テレビのコメントを聞いていても
「一般論はわかった。で、あんたはどう思ってるの?」
って思うことが多い。
結局「自分の意見・主張」が無いから「セケンの意見」と
比べることしかできないんだと思う。
でも、セケンって一体誰って感じ。

たぶん日本で生きていくことってそういうところの
折り合いを付けていかないといけないんだろうなって思う。
でも結局それって「自分じゃなくてもいいんじゃない?」ってなる。
他の誰かと同じことを話してればいいだけなら僕である必要は無い。
僕が僕である為に、
僕が感じたこと、僕が思ったことを正直に主張していきたい。
2008/03/05(Wed) 12:13:15
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