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自分と自由を求めた旅の日記
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プロフィール
HN:
tantas7
年齢:
47
HP:
性別:
男性
誕生日:
1978/11/07
職業:
国営公園スタッフ
趣味:
旅、カメラ、バイク、クライミング
自己紹介:
20台最後の年に
今まで背負ってきた
色んな役割を脱ぎ捨てて
自分と自由を求めてゼロから
歩きだすことにしました。
心のままに、自分にウソをつかず
目の前にあるものをまっすぐに
見つめながら生きていこうと
思っています。
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2026/01/26(Mon) 21:15:02
「やったことが無いからわからない」
最近の同僚の口癖。
あえて何も言わないけど少なくとも僕に対しては
まったく通じない“言い訳”

去年企画の仕事を始めてからやったことは
全部やったことが無いことばっかり。
今年やってることだって前例が無いことばかり。
途方にくれることもたくさんあるし、
燃料切れになりそうになることもいっぱいあるけど、
それでも立ち止まらずにここまでやってきた。

「不安だ、不安だ」って言いながらもなんだかんだと
準備はするからただの性格の問題なんだと思うけど、
担当になった以上「やったことが無い」ことは
できない理由にはならないと思う。

わからないならわかるように
現場を見て、聞いて、調べればいい。
そして手に入れた情報を元に具体的にイメージすればいい。

イメージができていれば当日の多少のトラブルは
なんとでもなるものだ。
と言うより、なんとでもするという覚悟を持つべきだし、
それくらいの自信を持って挑むべきだ。

僕だってイメージ仕切れていないときは
いつもとても不安だし、そんな時はたいて失敗する。
でも「これでいける」ってイメージできているときは
アドリブも切れがいい。

調子が悪いときって、進むべき方向のイメージができてないとき。
そんな時はパソコンの前でこもっていないで
現場に出るのが一番いい。
歩いて、話して、動いているうちにアイデアはどんどん出てくる。
答えはいつも現場にある。
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2011/01/05(Wed) 00:15:20
今の職場に入ってから唯一と言っていいほど
プライベートでの付き合いがあるS君が去年仕事を辞めた。
ずっとやりたがってたカメラの仕事をすることにしたらしい。

彼とは現場にいたときから何か通じるものがあって、
去年2回ほど二人で飲みに行った。
送別会にも顔は出したけど、特別何か話したわけじゃなく
最終出勤日も特別な話はなかった。
僕の中ではきっとこれからも会うことがあるんだと
当たり前に思ってたし、もし縁が切れることがあればそれは
それっていう冷めた気持ちもあった。

彼が辞めることは人づてで聞いた。
本人にメールをしたら僕には個別に言おうとしてたって返事がきた。
そのメールに僕は
「これで普通の友達として飲みに行けるな」って返した。
年は僕の方が上だけど彼の方が先輩。
彼は現場で僕は管理側。
そんなややこしい関係抜きで飲みにいけるのが純粋に
楽しみだった。

そんな彼から届いた年賀状には、
僕が送った「これで普通の友達として」ってメールが
うれしかったと書かれていた。
普段クールキャラで徒党を組むことをしない彼が
そんな風に思ってくれてることをうれしかった。
すべてを話したわけじゃないけど
きっとお互いに「こいつは話が通じる」って思ってるんだと思う。

彼と話すことで今の自分が抱えているもやもやも少しは
晴れるかも知れない。
お互い忙しくなる前に第3回目の飲み会でも開催しようと思う。
2011/01/04(Tue) 23:50:27
2011年が開幕した。
「2011年」という数字に思い入れは無いけど
「32歳」の1年と言えばなんだか力が入る部分もある。
とか言いながら見事なくらいの寝正月だったけどね。

今日が仕事はじめ。
年末からのグダグダな空気を一新して、頑張ろう!と思ったけど
1日空回りして終わった感じだった。
自分でも「何言うてんの?」って思うようなシーンが何回もあったり、
頭で反応してることに体がついていってなかったり。
消化不良なまま1日が終わってしまった。

まぁ、この消化不良な感じはなんだかんだと
この1年ずっと続いてるんだけど。
気分の問題も大きいのかな?
自分のペースが落ちるとすぐネガティブになる。
きっと自分を支えるのは自分だけだって想いがあるんだと思う。
よく言えば責任感。
悪く言えば周りに対する不信感。

調子が悪いときはどんな球を投げても微妙にボールになる。
迷いが出るからストレートの切れも悪くなる。
見事なまでの悪循環だ。

人がいいのかついあれもこれもって手を出しちゃう。
割り切れないから全部やろうとして手一杯になる。
いつかの悪夢が頭をよぎる。

弱気になるともっと悪いほうに進むのがわかってる。
でもなぁ・・って感じ。

こんなときは振り返らないのが一番かな。
とりあえず決めたら「やる」
その後起こったことはその時考える。
何もしないよりは一歩でも足を前に出したほうがいい、はず。
それが自分だし、結局そういうやり方しかできないから。

苦しみの度合いや中身は違っても
きっとみんなこうやってイロイロ悩みながら生きてるんだろう。

2011年。
また自分を成長させる1年であればいいな、と思う。
2011/01/04(Tue) 23:37:37
先日仕事で羽根木のプレーパークでプレーリーダーを
やっていた人の講演を聴いた。
「羽根木のプレーパーク」「プレーリーダー」っていう
初めて言葉を聞いたのは実は10年ほど前。
たまたま知り合いになったNPOが出版していた本で紹介されていた。
当時就職活動をし始めていた僕は、その時
「プレーリーダー」という職業に憧れていた。

「自分の責任で自由に遊ぶ」
そこでのコンセプトはずっと頭に残っていて、
僕にとっても人生のコンセプトの1つになっていた。

休憩時間にそんな話を担当者の方にしてみると、
僕が本で読んだプレーリーダーの方は来週結婚・出産の為
プレーリーダーを引退するということを教えてくれた。
仲間たちで彼女を囲む会というのも開催されるそうだ。

10年間、頭の片隅だけで意識してきたことに関わるようになり、
そのきっかけとなった人の節目に、間接的とは言え
その人と繋がるきっかけが生まれた。

「偶然は必然である」
ずっと思い続けていることで人はつながっていくということを
改めて実感した出来事だった。

2010/12/12(Sun) 00:25:27
今年から“森”と“花”のボランティアの担当をしている。
担当をするからには、それなりに知識や経歴があると思われるんだけど
はっきり言って素人に毛が生えた程度。
今年1年結構勉強したからそれなりに話せるようにはなったけど、
まだまだ知らないことが多い。

京都で育って6年弱民間企業でインターネットの窓口をやってた人間。
今の公園に来てからもまだ3年。
しかも最初の1年は現場スタッフ。
そんな経歴を話すとみんなすごく不思議がってくれる。

今の職場のいる人は、新卒で公園スタッフになった人や
公園の設計などの会社にいた人ばかり。
僕みたいにまったくの畑違いの業界から来た人はほんと少ない。
だからちょっと浮いちゃうんだけど、
一市民として参加してくれてるボランティアさんや
地元の方たちには受けがいいみたいだ。

一浪はしたけどそこそこ有名な大学を出て
新卒で全国展開している民間企業へ。
前の会社にいたときは「なんだかレールの上を乗ってるなぁ」と
ずっと居心地の悪さを感じてた。

でも、今こうやって全然違う職種についてみると
それがかえってネタになる。
よそ者だからこそ見えることや言えることがある。
公的な組織特有の腰の重さや頭の固さは毎日ストレスだけど、
自分のプロフィールは気に入ってる。

自然の分野ではまだまだ経験不足だけど、
あと3年か5年続ければそこそこ形になってくるはず。
そうなれば、今までのプロフィールがもっと魅力的に
なってくるのかも知れない。

人生イロイロ。
勇気を持って飛び出したからこそ見えた世界。
これからも自分に正直に生きていこう。
2010/12/11(Sat) 11:50:03
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