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自分と自由を求めた旅の日記
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プロフィール
HN:
tantas7
年齢:
47
HP:
性別:
男性
誕生日:
1978/11/07
職業:
国営公園スタッフ
趣味:
旅、カメラ、バイク、クライミング
自己紹介:
20台最後の年に
今まで背負ってきた
色んな役割を脱ぎ捨てて
自分と自由を求めてゼロから
歩きだすことにしました。
心のままに、自分にウソをつかず
目の前にあるものをまっすぐに
見つめながら生きていこうと
思っています。
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2026/10/10(Sat) 10:01:18
4月に入ってあっという間に10日が過ぎた。
閉園期間は土日が休み。イコール月~金の5連勤。
前の会社にいた約6年。
土日休みだったのはほんの半年ほど。
それ以外は年末年始を含め世間の休みをはずして休めてたから、
どこに行っても混んでてほんと滅入る。

この間帰りはほぼ11時。
5日間毎日同じメンバーと同じ時間まで仕事すると時間の感覚がなくなってくる。
「あれ?これって何曜日の話?」みたいな。

今年度の予定について色んな人と色んな話をした。
はっきり決めたわけじゃないけど、チームの中の僕の役割は切り込み隊長。
内部・外部の人に色んなアイデアをぶつけて形を作っていく。
ギアが入って進みだしたら少しずつ他のスタッフに仕事を振っていく。

新しい名刺には一応「自然環境保全・ボランティア担当リーダー」などという
大げさな名前がついてる。
「自然環境保全」って何?って感じだし、そんなおっきな名前をつけて仕事をするつもりは無いから、
会う人に合わせて「企画係」だの「広報担当」だの適当に答えてる。

やることは山積みで名前だけ先走ってる企画もたくさんある。
でも、それらを自分たちでカタチにしていく作業は結構楽しい。
今まで逃げ続けてきたお金(予算)の話も割と楽しみながら関われてる。

色んな偶然とタイミングが重なってできた今の状況。
この先にどんな未来が待っているかはわからないけど、
とにかく楽しんでいきたい。
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2010/04/11(Sun) 10:50:14
前の職場にいたとき、
現場のリーダーは僕も含め平均年齢20代後半のスタッフだった。
そんな若造集団だったけど、超巨大企業のクライアントさんの
要求に応えるべく毎日汗だくになって走り回っていた。

クライアントの要求に応えることと同じくらい大事に
いやそれ以上に大事にしていたのが部下を守り育てること。

僕がいた業界は人が財産になる。
スキルのある人をどれだけたくさん抱えられるかで勝負が決まる。
だから「辞めさせない」ことがそのまま仕事になり結果に繋がる。

「辞めさせない」って一言でいってもそこには本当に色んな要素があった。
僕たちが大事にしてきたのは
・逃げないこと
・見られている意識を持つこと
・情報と目標を共有すること
だった。

たとえ相手が年上だったとしても自分の方が立場が上だったら、
しっかり向き合って話をしたし、
クレームや処理に困っていたら逃げずに助けた。
センターで起こっていることの責任は自分たちにあると思っていたし、
めんどくさいことでも目を背けちゃいけないと思ってた。
部下が育つことが結果に繋がるってわかっていたから、
部下のミスや失敗は放置せずちゃんとフィードバックしたし、
できないことができるようになったらちゃんとほめるようにした。
組織の目標を明確に提示して、それを元に一人一人の目標設定面談をしていた。

それが「当たり前」だった。

職場を変えてみて改めて思う。
それは決してすべての場所での「当たり前」じゃないんだ、って。

上司が部下に仕事を振るのは当然。
ただそれがちゃんと期限までにできたのかのチェック、
そもそも相手がそれをやるだけのスキル・余裕があるのかの判断が必要だ。
組織としての業務がちゃんと進んでいるのか、
どう進むべきかを提示するのが上司の、リーダーの役割だと思う。
そして、どうやって部下のモチベーションを維持するかを考え、
実行していくのが一番の仕事だと思っていた。


でも、誰もそれができていない。
今の職場では「見てみぬふり」や「丸投げ」「責任放棄」が横行している。
指示は出しっぱなし。
伝わったかどうかまでチェックしない。
途中の進捗確認は無く〆切ギリギリになってあわてだす。
本来言うべき相手ではなく言いやすい相手にだけフィードバックする。
情報は全然回らず、いつもうわさで回ってくる。
完全な縦割り組織。

4月から大きく体制が変わる。
4月20日には春季オープンを控えている。
のんきに構えている余裕なんて無い。
事務作業から大型のイベント企画までやることは盛りだくさんだ。
今こそ誰かがリーダシップを発揮して舵取りをしないといけない時期なのに、
みんな自分のことばっかりで前に出ようとしない。

下の人間が毎日残業して汗だくになって走り回っていても
自分はひたすら難しい顔をしてパソコンに向かっているだけ。
発信しても返事はないし、しまいには体調不良で休みだす。
そして、たまに思い出したように「そんなこと聞いてない」って騒ぎ出す始末。
僕からすれば「聞いてない」んじゃなくて、
「知ろうとしていない」「そもそもの方向性を指示していない」だけなんだけど。

「今どうなってる?」
「あれできた?」
「じゃあ次あれやって」
「それ終わったらあがっていいよ」
今思うと、あの時はそんな声が一人からじゃなくてみんな出せてた。
決して仲がいいというわけでもなかったけど、
仕事のパートナーとしては十分だった。

じゃあ自分はどうなの?って言われるともちろん反省はたくさんある。
だからこうやって書くことで自分にもプレッシャーをかけようと思ってる。

No complain
文句ばっかり言ってちゃいかん。
苦しいときはしっかり休みをとってリフレッシュ。
笑顔を忘れず声を出して頑張りましょう。
2010/03/25(Thu) 12:25:59
先日こどもの“共育”をテーマにしたNPOの代表をしているNさんと
打ち合わせをした。

僕と同世代の彼とはこの1年近く何度も一緒に仕事をしている。
イベント開催中だったので会場裏にある倉庫を使って1対1で
1時間ほど話し込んだ。
彼は代表をやっているだけあって自分の中にぶれない想いがある。
軸のある人と話をするのはやっぱり面白い。
イベント開催期間中ことあるごとに色んな夢を語り合った。

彼の団体のテーマの一つが「若者支援」
いわゆる引きこもりとか不登校の子どもたちの自立支援。
僕が学生の頃に関わっていたNPOのテーマと同じだ。
10年かかって再び同じテーマに触れることとなった。



来年度から新たにオープンする森林体験ゾーンを担当する。
去年オープンした森のエリアとともに自然を体験したり観察したりするエリアでの仕事だ。
その中で自然から発せられるメッセージを通訳する「インタープリター」という
人たちと関わることになる。
「インタープリター」という言葉を知ったのは今の職場に入ってすぐの頃。
「通訳」という言葉が今まで僕がテーマにしてきた「ラストパスを出す」と
同じ匂いがしてずっと気になっていた。
正解ではなくヒントを出す。
教えるのではなく自分で考えるきっかけを作る。
インタープリターの役割はそういうもの。


前の職場にいた時に講演会で知った中渓さんという木を植える人がいる。
いつか関わりたいと思っている人の一人なんだけど、
先週のイベントにきてくれた同世代の家具職人の人が
去年一緒に木を植えていたことがわかった。


この前のシーニックといい、今回のことといい自分にとって必要なキーワードは
想い続けていればきっと出会えるんだと思った。

焦らない。
でもあきらめない。
想い続けているだけでも夢に近づいている。



2010/03/25(Thu) 11:52:49
昨日仕事をしてたら「退職連絡」というタイトルのメールが来た。
「誰だろう?」と思って空けてみると、
9月にコスモスの取材に来てくれたNHKのアナウンサーの人だった。

彼女が取材に来たのは1回だけ。
しかも、その時だって何度も細かい打ち合わせをしたわけじゃなくて
割とぶっつけで当日対応した感じ。
メールは一斉送信ではなくて僕個人宛のものだった。
きっととてもマメな人でたくさんの人に送っているんだろうけど、
たった1回の出会いを大切にしてくれていたことがとてもうれしかった。

この仕事をしていると本当に色んな人に出会える。
3月にやったイベントだけでも、
広告会社、レンタル業者、テレビ局、家具職人、漫画家、絵本作家、
劇団員、薬剤師、スポーツインストラクター、ピラィス講師、新聞記者など
多種多様な職業の人に会った。
昨日打ち合わせをして、このイベントにも関わっていくれた地元の広告会社の社長さんや、
ハーブコーディネーターの先生はもう仕事という域を超えてお友達みたいになってる。

前の仕事をしていた時には考えられなかった。
前の仕事で出会うのはクライアントと競合他社の人だけ。
みんなスーツを着た同業者だったから。

仕事を辞めた時、父親に言われたことがある。
それはわかりやすく言うと「いろんな人と付き合え」ってこと。
僕の父親は元々自営業で呉服屋の社長をやってたけど、
僕が小学生の時に辞めてその後何度か仕事を変えている。
でも、そのほとんどが知り合いの紹介だったらしい。
その経験があるからこそ仕事以外の、仕事以上の付き合いを持つことの
大切さを教えてくれたんだと思う。

今の仕事はいつまで続けらるかわからない。
いつクビを切られるかわからないし、僕自身仕事は面白くても組織のことは信用していないから。
だからこそ僕という個人を好きになってくれる人にたくさん出会いたいと思う。
その為に、組織の代表でありつつも僕自身の想いを伝え続けていこうと思う。

「あの人と一緒に仕事ができてよかった」
「またあの人と一緒に仕事がしたい」
一人でも多くの人にそう思ってもらうことが僕の目標だ。

2010/03/25(Thu) 11:33:51
新しい体制が固まってきた。
僕の来期の仕事は去年新しくオープンしたエリアと
今年オープンするエリア約200haの企画・広報。

ここまで来るのはほんとぐったりするような道のりだった。
今だってそれは解決はしてないけど。
今までやってきた企画・広報の仕事はとても面白いし続けたかった。
上司も僕の仕事自体は認めてくれていた。
でも、組織として今のポジションでは雇えないと言われた。
一種のリストラ宣告だ。

僕のポジションは1年契約の契約職員。
一緒に働くほとんどは正職員。
来年度の業務を取る上で予算や人員の関係でどうしてもポストを減らす必要があった。
そこで今までの実績や組織のバランスは関係なく契約職員という立場の人間は
すべて切るという判断がくだったようだ。

僕に出された提案は、辞めるか降格して残るかどちらか。
どちらも素直に飲めない条件だった。
大きなミスをしたり、なんら貢献できてないなら仕方ない。
でも正直自分の求められている以上のことをしてきたつもりだし、
実際人事評価では5段階のA評価だったらしい。
「なんじゃそりゃ?」
これが最初の感想。


それでも結局残ることにした。
僕を引き止めたのは現場のスタッフの声や付き合いのある外部の人たちの声。
必要としてくれる人がいる。
そのことが力になった。

その後残るはずだった人が辞めたりしてふたを開けてみれば
新エリアのマネージャー。
辞めるか降格かって言われていたのに結局昇格したことになる。
1年も経たないうちの昇格。
何年もいる正職員を差し置いて。
しかも、僕の下につくのは今まで僕が就くポジションにいた人。

蓋を開けてみるとやっぱり「なんじゃそりゃ?」って感じ。
誰がどんなビジョンを持って決めたのかさっぱりわからないし、
誰がその後のフォローをしてくれるのかも未だにわからない。

ただ、待遇面とかはともかくある種の責任と権限を持って仕事が
できるのはいいことだと思ってる。
自分で決められる範囲が大きいって事はそれだけ守れるものも大きいってこと。
くだらないしがらみや慣習がはびこっている組織の中で、
苦しい思いをするのはいつも現場の人間だ。
本気で頑張りたいと思っている人は現場にも外部にもたくさんいる。
新エリアに行くということは今までの仕事を少し手放すということ。
今まで関わってた人から「それは困る」なんて言われるのが
申し訳なくもあり、モチベーションにもなってる。

結局1年契約だからどんなに頑張っても来年どうなるかはわからない。
組織には依存せずどんな場所でも、どんな境遇でも生きていける力をつける。
スタンスは今までと変わらない。
やりたいこと、やるべきことをやる。

そんなわけでこれからも応援お願いします。
2010/03/25(Thu) 11:15:41
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